ラベルには一筆書きのような「鹿」と「雀」が描いてあります。
「なぜ鹿なの?」と良く聞かれるのですが、二つ理由があります。
一つは「そば」の英語名はbuckwheat
「buck」は鹿を指すということもあって「そば」には鹿のモチーフが使われることがあるよ。と教えてもらったことがきっかけです。
そしてもう一つの理由は「共存」について考え続けたかったから。
先日の作物一番。自分二番。で書きましたが、私のソバ畑は動物達のパラダイスだったわけで、ほとんどのソバの実が雀やリスなどに食べられてしまいました。
何もしないでいる、というのは、実ったものを動物に食べられるということです。
喜茂別町でも増えすぎた鹿やアライグマの害はとても深刻なものとなっていて、罠が仕掛けられたり、鹿よけの柵が作られたりしています。農作物で生計を立てている農家さんにとっては死活問題だからです。
一方、動物達にとってみれば、地面に境界線はありません。
「私の土地」というのは人間の社会が決めたものであって、動物にはそれは見えません。美味しそうに実っているものがあれば、それを食べるのが自然です。
肥料や労働力やお金をかけて作った作物を、売ってお金に変えて生活している人にとっては、作物を荒らす生き物は「害獣」や「害虫」です。でもその「害獣」や「害虫」は自然の一部であることは言うまでもありません。「害獣」たちの目から見れば自分の生活を脅かす人間が「害」なのかもしれないのです。
でも実際に農業を営んでいる人たちの姿を見て、そして、身近に動物の息づかいを感じる土地に来て、現代社会の中での「共存」とは途方も無く難しいことだと感じています。
「共存」を達成するためには、こえなければならない問題がたくさんあります。それはいろんな方面に広がっています。生態系の問題だったり、環境破壊の問題だったり、食べ物の問題だったり。労働力の問題だったり、お金の問題だったり…。
人は物事が複雑になりすぎると思考が停止する傾向があって、単純な「解」を求めたくなります。
そして考えても答えがでないから、何もしない。ということになりがちです。
「共存」ということはすごく難しいことだけれど、私たち人間も宇宙の一つの生命体であるならば、ゆっくりでもその方向に進まなくてはならないのだと思っています。そのためには私たちの社会のあり方も見直す必要があるかもしれない…。
とてつもなく大きなことだけれど、考え続ける事、動き続ける事、それしかないのではないかと感じています。
と、話が長くなりましたが
カーシャのラベルの鹿とすずめを見るたびに、「私」を考えるという機会にしたかったので、鹿とすずめを描いてもらったという訳です。
けして北海道らしいから。という訳ではありませんので…(笑)